セラピストにむけた情報発信


コーチング1



2008年6月16日

今回は,臨床場面で役立つ心理学の知識として,コーチングの概念をご紹介いたします.

コーチングとは,クライアント(臨床場面では患者さんのことです)の能力や意欲を,質問型コミュニケーションによって引き出す指導法のことです.

一般に臨床場面では,「今日は●●訓練をしてみましょう」,「この機械を使って●●してください」など,セラピストの皆様が患者さんに対して,その日のトレーニングメニューを指導,提案します.これに対してコーチングでは,指導役に立つコーチ(すなわちセラピスト)が訓練内容を指導,提案するのではなく,クライアントが自らの意志で,目標の設定やトレーニングメニューの選択することを目指します.

コーチングにおけるコーチの役割は,”質問”を通して,このようなクライアントの自発的行為を引き出すことにあります.具体的には,「今日はどんな訓練をしてみますか?」「(例えば自立歩行などの)目標を達成するために,何から始めてみましょうか」といった質問により,患者さんが自発的にその日の訓練を決定できるよう,促す役割を果たします.

唐突にこのような質問をしても,患者さんから意欲的な回答を得られるわけではありません.介入初期には必要最低限の指導を行ったり,多様なコミュニケーションを通して意欲的な回答を引き出すスキルが,コーチングでは求められます.

コーチングの概念は,様々な医療・福祉援助の現場(介護や,薬局における薬剤指導など)だけでなく,教育現場における教師と生徒の関係や,ビジネス場面における上司と部下の関係にも導入されています.

コーチングの概念が,医療・福祉援助の現場において受け入れられている最大の要因は,いくらコーチが絶対に正しいと思われる訓練法を提案しても,クライアントの前向きな気持ちでその訓練に取り組まなければ,結果として,治療や訓練が長続きしない,という問題があるためです.前向きな気持ちを引き出すためには,指示や命令ではなく,自分の意志で自己決定した主体的な行為でなければいけない,これが,コーチングの根本的な発想であり,様々な現場で共感を得ているポイントです.

「歩けるようになりたい」,「たばこをやめたい」,「ダイエットしたい」,...

いずれも,医療・福祉援助の現場では代表的な目標です.クライアントにとっては,このような目標実現には,大きな苦痛や困難を伴います.治療や訓練をすることで,苦痛や困難が長期にわたることを考えるだけで,いくら治療や訓練の意義を分かっていても,実践できないという人は少なくありません.いくらコーチが訓練の医学的・科学的妥当性を主張しても,また「今始めなければ,一生歩けなくなりますよ」と脅しても,治療や訓練に対する前向きな気持ちを引き出すことは困難です.

コーチングでは,クライアントが苦しみ・困難に共感することを重視します.その上で,クライアントが治療や訓練を実践・継続できないのは,決してやる気がないからではなく,別の原因があるからと考えます.その原因をクライアント自らが気づき,解決するために,コーチは様々な質問を通してクライアントと交流していくのです.

長くなってきましたので,今回はここまでにします.コーチングを実践するための具体的なスキルについては,次回紹介できればと思います.

コーチングに関する入門書・解説書として,以下の3冊をご紹介いたします.

  • 土岐優美,「コーチングのつぼがわかる本:日本一わかりやすいコーチングの超入門!」,秀和システム,2007
  • 諏訪茂樹,「対人援助のためのコーチング:利用者の自己決定とやる気をサポート 」,中央法規出版,2007
  • 野呂瀬崇彦,「薬局で活用するコーチング・コミュニケーション」,じほう,2006

他にもコーチングの入門書・解説書は非常に多くあります.興味のある方は,一度書店をのぞいてみてはいかがでしょうか.


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